やらなきゃ損の弊害

やらなきゃ損の弊害 ICHIMATism 1.0
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“やらなきゃ損”
人の行動を促す煽り文句だ。

今までの人生を振り替えると、
自分自身も“やらなきゃ損”に
行動を促されてきた。

ところが今では、
こういった類の言葉に
促されて行動をする人生を
すっかり手放してしまった。

今回はその理由について述べていこう。

しないと損することは既にしているから

先に例外から述べよう。

極端な損というのは、死ぬことである。
つまり生命維持に最低限必要なこと
(酸素補給、栄養補給など)
をしなかった場合は死ぬ。

こんなことはすべての生物が
知っていて
無意識に行っていることだから
もはや言うほどの事でもない。

生きるために最低限必要なことを除き、
どんなにお得なことだとしても、
やらなかった場合は損をするのではなく
そのまま時が流れていくというだけである。

その時間に何かをしなくても
代わりに何かをしているだろう。

暇を持て余しているならやればいいが、

何かしていることがあるなら

その手を止めて取り組む必要はない。

自分自身の行動、
作り上げた時間に自信を持とう。

やって得はしても、やらなくて損はしないのである。

自分のペースをかき乱されるから。

まず頭に浮かべてみて欲しい。
今の時点で
欲しいもの、したい事、なりたい自分
はなんだろう。

短期的なことでも構わない。
何もしない時間を過ごす。
◯◯を食べる
などでも問題ない。

それを実現しようとして作る
1連の行動計画が
“自分のペース”であり

どんなにお得で素晴らしいものでも
自分のペースに関係のないものは
計画をかき乱す邪魔な存在
でしかないのだ。


  • しないと損することは既にしているから。
  • 自分のペースをかき乱されるから。

この二つの理由から
やらなきゃ損
に促されて行動をする人生を手放した。

みんなも一度自分の行動を振り返り最適化しよう。

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