僕は音楽を作っています。
けれど、この活動は音楽だけではありません。
作品だけを見ても、この活動の全体は伝わらないと考えています。
この文章は、一つひとつの作品では伝えきれない、僕の活動そのものについて書いたものです。
何を作っているのかではなく、なぜその活動を続けているのか。
どんな考え方を持ち、何を目指し、なぜ音楽だけではなく、文章や配信、コミュニティなど様々な形で表現しているのか。
その背景をまとめた、現在の記録です。
もし作品だけに興味があるのであれば、先に音楽を聴いていただいても構いません。
けれど、この活動全体を知りたいと思っていただけたなら、この文章から読んでいただけたら嬉しく思います。
第1章 これは、一人のアーティストを紹介する記事ではありません。
このページは、作品を紹介するためのページではありません。
プロフィールでもありません。
活動実績を並べるページでもありません。
ここでは、市松蓮という活動が何を目指し、どのような考え方で続いているのかを書きます。
僕は音楽を作り、ブログを書き、配信をし、コミュニティを運営し、音楽NFTにも取り組んでいます。
一見すると、それぞれ別々の活動に見えるかもしれません。
ですが、僕の中ではすべて一つにつながっています。
表現したいものは一つです。
その世界観を、その時代に最も届きやすい形へ翻訳しているだけです。
だから、このページでは作品の解説よりも、その活動の土台にある考え方を書きます。
もし、その考え方に少しでも興味を持っていただけたなら、その後に音楽やブログ、配信へ触れてもらえたら嬉しく思います。
この文章は、そのための入口です。
第2章 創作と、生きること。
僕は11歳の頃から、インターネットで作品を公開してきました。
YouTubeへ動画を投稿したり、ブログを書いたり、ファッションを発信したり、自撮りNFTを制作したこともあります。
表現する媒体は何度も変わりました。
それでも、「何かを作り続けたい」という気持ちは変わりませんでした。
社会人になり、生活のために働くようになってから、一つの変化がありました。
作品を作る頻度が落ちました。
作品の質も落ちました。
働いて収入を得たことで、機材を買ったり、制作環境を整えたりできるようになりました。
それでも、僕にとっては得られたものより、失ったものの方が大きかったと感じています。
創作に使える時間は減りました。
仕事を終えたあと、カフェで作業をしたり、自宅でギターを弾いたりしても、すでに集中力は削られています。
疲労は、作品の密度に表れます。
そして、それ以上に大きかったのは、自分自身の変化でした。
日々の仕事や社会生活の中で、少しずつ感覚が均され、表現の輪郭が薄くなっていくような感覚がありました。
僕にとって創作は、余った時間で行う趣味ではありません。
最も良い状態の自分で向き合うべきものです。
だから僕は、創作は人生の余白で行うものではない、と考えています。
もちろん、生活のために働く創作者を責めたいわけではありません。
問題だと感じているのは、その人たちではなく、創作よりも生活を優先せざるを得ない構造です。
創作者が、創作ではなく生活を守るために時間や感性を差し出さなければならない社会を、僕は健全だとは思えません。
僕自身も、その構造の中で創作を続けてきました。
だからこそ、自分自身が作品だけで生きられる創作者になりたいと考えています。
それは僕個人の願いであると同時に、一人の創作者として、その生き方を実際に証明したいという挑戦でもあります。
その先にあるのが、僕の活動の目的です。
創作者が作品だけで生きていける社会を実現する。
これが、僕のMissionです。
第3章 世界観は一つ。表現は一つではない。
僕は、自分のことを音楽家だとはあまり考えていません。
もちろん、音楽は僕にとって大切な表現です。
ですが、それは数ある表現の一つです。
11歳の頃から創作を続けてきた中で、僕は動画を作り、文章を書き、ファッションを発信し、さまざまな表現を試してきました。
そのたびに変わってきたのは、表現の方法です。
変わらなかったのは、その奥にある世界観でした。
僕が届けたいものは、作品そのものではありません。
作品を通して伝わる感覚や空気、言葉になる前の感覚です。
だから僕は、一つの表現形式にこだわりません。
伝えたいものは一つでも、伝え方は一つではないからです。
音楽を選んだ理由も同じです。
僕にとって音楽は、自分の世界観を多くの人へ届けるための、一つの表現形式です。
もし将来、それ以上に適した表現が現れるのであれば、僕はその表現も選ぶと考えています。
媒体は、表現の目的ではありません。
世界観を届けるための手段です。
僕は抽象的な表現を好みます。
それは、抽象的であること自体に価値があると考えているからではありません。
抽象化することで、一人の体験が、一人だけのものではなくなるからです。
具体的な物語は、その人の物語になります。
けれど、少し抽象化された表現は、それぞれの人が自分自身の経験を重ねられる余白を持ちます。
僕は、その余白を大切にしています。
だからといって、具体的な表現を軽視しているわけではありません。
短い文章を書くことも好きです。
ネットミームを使った投稿で誰かを少し笑わせることも好きです。
具体的な表現だからこそ届くものもあります。
抽象と具体は、どちらが優れているという関係ではありません。
届けたい相手や伝えたいことによって、最適な解像度は変わります。
僕が目指しているのは、抽象的な表現を増やすことではありません。
一つの世界観を、その時々で最も届く形へ翻訳し続けることです。
だから、僕の活動は音楽だけでは終わりません。
ブログも、配信も、コミュニティも、それぞれが別々の活動ではなく、一つの世界観を異なる形で届けるための表現なのです。
第4章 表現の形式を更新する。
僕が目指しているのは、新しい音楽を作ることだけではありません。
創作者が作品だけで生きていける社会を実現するためには、作品そのものだけではなく、作品が社会へ届く仕組みも変わる必要があると考えています。
優れた作品が評価されることと、その作品だけで活動を続けられることは、必ずしも同じではありません。
多くの創作者は、作品を作ること以上に、作品を届ける仕組みや、活動を続けるための環境に課題を抱えています。
だから僕は、作品だけではなく、その周りにある仕組みにも目を向けています。
その中で、大きな可能性を感じたのがWeb3でした。
僕が興味を持っているのは、新しい技術そのものではありません。
技術によって、新しい関係性を作れる可能性です。
例えば、音楽NFTもその一つです。
僕は、NFTを売りたいわけではありません。
NFTという技術を通して、作品が単なる消費ではなく、一人ひとりの手元に残り続ける存在になり得ることに可能性を感じています。
それは、CDをデータに置き換えることでも、サブスクリプションを否定することでもありません。
創作者と作品、そして受け取る人との関係に、新しい選択肢を増やすことです。
コミュニティも同じです。
僕が運営しているコミュニティは、作品を販売する場所ではありません。
活動を継続するための土台であり、創作者と支援者が同じ未来を見ながら歩んでいくための関係を育てる場所です。
音楽も、ブログも、配信も、コミュニティも、音楽NFTも、それぞれが独立した活動ではありません。
すべては、一つの目的へ向かっています。
創作者が、創作を人生の中心に置いて生きられる社会を実現すること。
そのために必要であれば、僕はこれからも新しい表現形式や技術を取り入れていきます。
手段は変わります。
けれど、目的は変わりません。
だから僕は、「表現の形式を更新するアーティスト」というブランドコンセプトを掲げています。
第5章 活動そのものが作品になる。
僕は、一つの作品だけで自分の活動を伝えられるとは考えていません。
作品は活動の一部であり、活動全体が一つの表現になると考えています。
だから僕は、音楽だけを作っているわけではありません。
ホームページには、作品の紹介だけではなく、このブランド記事のように、自分の考え方や活動の背景を体系的な文章として残しています。
そこは日々の出来事を書く場所ではなく、活動の土台となる思想や設計を積み重ねていく場所です。
一方で、配信では多くを語りません。
「素演」という名前のとおり、淡々と演奏を続けます。
説明よりも、演奏そのものを届けたいからです。
言葉が適している場面もあれば、言葉を置かない方が伝わる場面もあります。
どちらも、僕にとっては同じ表現です。
成功だけではなく、失敗や試行錯誤、日々の積み重ねも記録しています。
完成した作品だけを見れば、一つの結果しか見えません。
けれど、その背景には、数え切れないほどの判断や工夫があります。
僕は、その過程にも価値があると考えています。
だから、できる限り記録として残しています。
音楽。
文章。
演奏。
活動記録。
コミュニティ。
これらは、それぞれ独立した活動ではありません。
一つの世界観を、それぞれ異なる方法で届けているだけです。
僕は作品を作っています。
同時に、活動そのものも作っています。
その積み重ねが、一つのブランドになり、一人の創作者が作品だけで生きていける社会を証明する小さな実践になると考えています。
第6章 まだ途中です。
この文章を書いている今も、僕の活動は完成していません。
作品を作りながら、活動の形を考え、仕組みを見直し、新しい表現を試し続けています。
完成した理想を見せたいとは考えていません。
むしろ、その途中にいることに意味があると考えています。
僕が目指しているのは、自分一人が作品だけで生きていけるようになることではありません。
僕自身がその生き方を実現し、その過程を積み重ねることで、同じように創作を続ける人たちにとって、一つの実例になることです。
それが、僕にとって「創作者が作品だけで生きていける社会を実現する」というMissionの最初の一歩だと考えています。
この活動は、作品だけを見ても、そのすべては伝わりません。
一方で、この文章だけを読んでも、きっと伝わらないものがあります。
音楽には音楽でしか伝えられないことがあります。
文章には文章でしか伝えられないことがあります。
演奏には演奏でしか伝えられないことがあります。
だから僕は、これからも一つの世界観を、さまざまな形で表現し続けます。
この文章の続きを、これからの活動で表現していきます。
このブランド記事は、その入口です。

