現在、すべての記事を順番に『ICHIMATism 2.0』にアップデートしています。 2021/07/29

直感との向き合い方【精度の高い直感を持つには】

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直感との向き合い方 ICHIMATism 2.0
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自分は日頃から

物事を論理的に考える癖がある。

「論理的」という言葉を使うと

知識人ぶっているような印象を持たれるかもしれないが

自分の場合は、

多くの人がイメージするような良いものではなく

論理的思考しか「できない」パターンの人間だ。

論理的思考は

必要な場所で使えば頼もしい武器になるかもしれないが

使う場所を間違えると

無慈悲な人間のレッテルを貼られかねない。

そんなどうしようもないロジカル人間の自分だが、

ごく稀に

「論理的」とは対義語のようにも思える

「感覚的」な行動を起こすことがある。

それはどんな時かというと、

直感」を感じ取った時だ。

ここまでの話からすると

直感を当てにしているなんて意外に思うかもしれない。

正直なところ、

直感を感じ取って感覚的な行動をしている時は

自分にとっても、気持ちわるいのだが

直感を感じ取ってしまった時には

思考が「直感」に占領されてしまい、

「直感」が示す行動を起こさないと

他に何も手がつかないのだ。

だから自分の行動パターンとしては

基本は論理的に。

直感を感じ取ったら感覚を優先。

というようになっている。

ここまでは

「直感」をネガティブに表現してきたが

実はポジティブな側面もある。

それは直感の精度が高いことだ。

あくまで

自分が出会ってきた範囲の人間の場合にはなるが

年齢性別問わず、

普段から感覚的に生きている人

「直感からしてこうだ!」と選んだ選択肢が

良い結果を導くことは…あまりない。

直感なんてもはや気のせいなのかと

思ってしまうようなレベルで外れている。

ところが一方、

自分の直感の場合は

9割くらいの確率で良い結果を導いている。

確率を正確に計算しているわけではないが、

例を挙げると

行く予定のなかったクラブイベントに

突然行かないといけない気がして

お金も時間もないのに参加したところ

後に自分のファッションブランドの

立ち上げメンバーになり、

その後、一緒にルームシェアをすることにもなる

友人と出会う。

という話や

都内在住中に

突然、実家のある福岡県に帰らないといけない気がして

周りに驚かれつつも

家を残したまま、やや強引に帰省したところ

約3ヶ月後に世界中で新型コロナウイルスが流行。

福岡に滞在していて、

大きく感染が広がっている地域を回避したので

生活にはほとんど影響なし。

などといった話が他にもある。

直感や感覚的なものを

懐疑的な視点で捉えていた自分だが

こんなに何度も精度の高い直感に出くわすと

さすがに不思議に思ったから

一時期、この「直感」の正体についてずっと考えていた。

そして

その結果として辿り着いた「直感」の正体と

その向き合い方について

今回は自分の考えを述べようと思う。

この記事では分かりやすいように

普段から論理的に生きている人を『論理的さん

普段から感覚的に生きている人を『感覚的さん

と呼ぶことにする。

もちろんそれぞれの特徴を

ブレンドしている人もいると思うが、

今回は極論で考える。

直感とは

知識(Knowledge)、データ(Data)の積み重ねによって論理が生まれると思う。

まず最初に

自分が考える、直感の正体について話そう。

直感とは

「これまでの経験や学習から得た
知識、データの積み重ねによって

論理的な物事の判断を

瞬時に、感覚的に行えるようになった状態」

だと考えている。

言い換えれば、

理論を感覚に落とし込むということ。

つまり、直感の正体は感覚ではなくて理論。

というのが自分の出した結論。

瞬時に行うから自覚していないだけで

直感の場合でも論理的思考をしているのだ。

無意識なハイスピードロジカルシンキングである。

例えるなら、

素手で戦っていると見せかけて、

実はめちゃめちゃフォースを乱用している。

みたいなことかな。

ちょっと違うけど。

そして、論理的さん

直感の精度が高い理由は

理論を感覚に落とし込んでいるからだと思う。

感覚的さんの直感の精度が高くない理由

論理(Logic)を感覚(Feeling)に落とし込むことで精度の高い直感が生まれると思う。

その反対として、

感覚的さん

直感の精度が高くない理由は

理論を感覚に落とし込んでいないからだと思う。

論理派と感覚派の良し悪しの話は一旦置いておいて、

感覚的さん

イコール、「普段から論理的に生きていない人」

とも考えられる。

普段から論理的に生きていないならば

当然、必要ないものを得ようとは思わないから

知識データを持ち合わせていないことが考えられる。

積み重なる知識データがなければ

理論も出来上がらないから

当然、理論を感覚に落とし込むという段階にも達しておらず

直感の仕組みが成立しない。

だから感覚的さんは直感の精度が高くないんだと思う。

感覚的さんの言う「直感」の正体とは

材料(理論)が足りなければ他のもの(欲求、感情)で代用する

感覚的さんの直感の精度が高くないならば

では、感覚的さんが言う「直感」とは何なのか?

という疑問が生まれるが、

その正体は「欲求」や「感情」だと思う。

「直感」の材料が「理論」だとすると、

重要な材料の「理論」が不足している状態で

「直感」を作ろうとすると

何か別の材料を使うことになるだろう。

また、論理的さんにとっての「理論」とは

「当たり前にいつも使っているもの」だと思う。

では感覚的さんにとっての

「当たり前にいつも使っているもの」はなんだろう?

その答えが「欲求」や「感情」だと思う。

論理的さん

「当たり前にいつも使っているもの」として

「論理」を使って、「直感」を生み出しているのなら

感覚的さん

「当たり前にいつも使っているもの」として

「欲求」や「感情」を使って、「直感」を生み出そうとするだろう。

だから、感覚的さんが言う「直感」の正体は

「欲求」や「感情」であると考えている。

直感との向き合い方

ここまで直感の正体について

自分の考えを解説してきたが、

直感の正体が分かったところで

我々はどのように直感と向き合ったら良いのだろうか。

せっかく使うなら

精度の高い直感を使って物事を判断したいだろう。

そこで、最後に

自分が考える

直感との向き合い方について話そうと思う。

まず方法から話すと、

精度の高い直感
物事を判断するためには

普段から論理的に物事を考えることを意識し、

あまり感覚には頼らないようにして

どうしても見逃せない直感が現れた時にだけ
直感に頼るのが良いと思う。

(結局、最初に述べた自分の行動パターンと

同じになっちゃったな)

どうしても見逃せない直感が現れる

ということは、

脳が無意識のうちに論理的思考を始めて

結論を導き出した

という合図だと思う。

これは

理論を感覚に落とし込めた証拠でもあると思う。

つまり

論理的思考が習慣化することで

論理的思考が占める領域の割合がどんどん大きくなり、

ついに「理論」が「感覚」を
完全に支配したという状態だと考えている。

毎日のように

精度の高い直感が頻発するようになると

論理的思考100%の状態になったという

証拠なのかもしれない。

また反対に
直感ばかりに頼ろうとするのも良くないと思う。

確かに”直感の正体は感覚ではなくて理論“と述べたが

正体が理論であっても、

直感は感覚の種類の一つに過ぎない。

直感に頼りきっている状態は

感覚的思考100%だから

段々と論理的思考の習慣が薄れていき、

論理的思考が占める領域の割合が

どんどん少なくなる。

すると、今度は「感覚」が「理論」を

完全に支配してしまう。

その結果として、

材料(理論)がなくなった脳は

直感を生み出せなくなる。

というのが自分の考え。

例えるなら

正義の心を持っていることで

悪の力を使いこなして変身することができる、仮面ライダー直感!

しかし、力を追い求めるあまり、悪の力に呑み込まれてしまい

正義の心を失った結果、変身能力も無くなってしまった…!

みたいなことかな。

逆に分かりづらくなったらゴメンナサイ。

もちろん、

感覚派として生きている人も沢山いるし

感覚が理論を支配すること自体は悪ではないのだが

精度の高い直感を使って物事を判断するためには

非常に良くない状態だと思う。

結局のところ、

直感という魅力的な力に頼るのではなく、

コツコツと日頃から論理的思考力を鍛えて

直感が生まれてくるのを気長に待とう。

というのが

自分の考える直感との向き合い方だ。

続く。

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