十人十色に違和感を感じる。

十人十色に違和感を感じる。 ICHIMATism 1.1
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いつも思っていることを話そうと思う。

くだらない内容だから
時間がある人に読んで欲しい。

人それぞれの個性を認め合う言葉として
十人十色」という言葉がある。

自分は個性を認め合うことを
大事にしているが

だからこそ
十人十色という言葉に
違和感を感じる。

十人十色は
ほとんどの場面では成り立たず
説得力がないと思うからだ。

言葉の用途からして、
十人十色という言葉が成り立つには

色の数≧人の数

つまり、

種類≧条件

というルールがある。

「条件」の数と「種類」の数が同じ
または
「種類」の方が多くないといけないのだ。

例えば、

教室にいる3人の小学生に

「好きな教科は?」
と質問するとしたら、

約10個の教科があるから

種類=10
条件=3

になって
カブらずに答えることができ、

種類≧条件に当てはまる。

しかし、
クラス全員を集めて
生徒の数を30人になったとすると

教科の数は約10個しかないから

種類=10
条件=30

になって
確実にカブりが発生し、

種類≧条件に当てはまらない。

だから
好きな教科という条件では
生徒の数教科の数よりも多くなると

十人十色が当てはまらなくなる。

もっと言うと、

十人十色は
10人いたら10個の色(個性)があるよね」
という意味だから

10人いたら10個以上の選択肢を
用意しなくてはいけない。

100人いたら100個以上の選択肢、

1000人いたら1000個以上の選択肢、

地球上の全ての人を条件にするなら

77億1500万人に対して、
77億1500万個以上の選択肢を
用意しなくてはいけない。

(2019年度の世界人口は
約77億1500万人)

77億1500万通りあるものって
なんだろう?w

顔ですらカブる。

性格も似た人ばかりだ。

色だって沢山あるとは言っても

13色を超えると
ほとんどの人が見分けがつかないだろう。

地球上の全ての人に好きな色を聞いて
奇跡的に100種類の回答があったとして、

さらに
それを約7099種類ある言語で
言い換えても

まだ70万9900種類しかないから

種類≧条件に当てはまらない。

77億1500万通り
選択肢を用意するのはほぼ不可能だ。

だから十人十色は
ほとんどの場面では成り立たず
説得力がないと思う。

とは言っても
それくらいのことは
誰でもわかっていることだと思うし、

こんなに真剣に考えるようなことではない。

まあここまでの話は
ただの茶番なんだけど、(オイ!w)

つまり
自分が何を言いたいのかというと

個性を尊重する言葉なら
もっと頼もしく強靭であって欲しい
ということ。

自分は今までの人生で、

個性を否定され続けてきた。

学生の頃は
成績生活態度は優秀なのに

好きな髪型をしただけで

いい加減な人」「不真面目
と校則に人格まで否定され続けたし、

この歳になっても
自由に職業選択すらできない。

面接を受けてみても苦笑いをされる。

個性は大事だよね

というのはみんな口で言うだけ

実際に個性を大事にしようと
行動する人は少ない。

同調圧力を核とする社会の力は大きいのに
こんな脆弱な言葉では通用しない。

社会を変えるためには

一人一人が
周りに流されずに

もっと意識高く
訴え続けなければならない。

そのためには
「十人十色」よりも

強靭で説得力のある言葉が必要で、

自分も
それを求めて日々試行錯誤している。

続く。

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