いちまつ的パンク観

いちまつ的パンク観 ICHIMATism 1.0
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パンクロック、パンクファッション。

青年期辺りの時期からこういうアングラな文化に憧れる人も多いだろう。

昔から日本ではちょっと悪いヤツがモテる事も多い気もする。

パンクって何?

パンクの歴史を辿ると1970年代まで遡る。

調べたらすぐに分かるから端折って説明すると、

ニューヨークで発生してロンドンで流行した

反体制的、左翼的、反宗教的な

攻撃性の強い文化、表現様式だ。

今となっては攻撃性のある表現も当たり前に目にするが、

この文化の何が異常なのかというとそれは場所と時代背景だと思う。

まず場所。

人にもよるけれど当時のイギリスは

他国に比べると伝統、宗教を重んじる国。

有名な話だが、

パンクを代表するイギリスのバンド、セックス・ピストルズは

「自分は反キリスト者だ」という内容の歌を発表したり、

イギリス国家と同じタイトルで

エリザベス女王二世を明らかにおちょくった宣伝ポスターの

「お先真っ暗」という内容の曲を、

エリザベス女王の戴冠25周年を祝う式典に合わせて

船の上で大音量で演奏してマネージャーが逮捕されたり

と本当に命知らずだ。

実際にVo.のジョニー・ロットンは

イギリス右翼に攻撃されて重症を負っている。

恐らく今の日本で同じような事をしても

炎上するか無視されるくらいで

命の危険はないだろう。

パンクとはそんな異常な文化であり、

今でもそれに影響を受けている人も沢山いる。

いちまつ的パンク観

自分にとってパンクな表現とは

「今ある気に食わない大きな存在に歯向かう命知らずな表現」

である。

反骨精神みたいなものだ。

つまりパンクに影響を受け、

そのまま形式を受け継いで”パンク”をやる事は

パンクではないと思う。

好きな事をやる事は素敵な事だから

その行為自体を否定するつもりはないし、

好きなら続けたらいいと思うが、

それをパンクかと問われるとパンクではないと答える。

つまりこの現代にパンクな事はもはやパンクではないという事だ。

この事に気がついた時に俺の中で大きなものが動いた。

「俺が憧れたものを表面的に再現することは

本質的には再現出来ていないという事になるのか」

その時にパンクである事にこだわる事を辞め、

毎日付けていたシドベルトをクローゼットにしまい込んだ。

(そもそも長々と語るようなヤツはパンクじゃない)

それから色々な文化に触れ、

パンクだけでなくそもそもロック自体が

反骨精神な生き方だと知った。

それにロックは

パンクのように形式が決まっているわけではなく

自由形だと思う。

だから令和のロック、

いちまつのロックとして生きていくと決めた。

だから手始めに

自分の生き方を文字媒体でインターネットから発信している。

投稿自体は完全に削除することができるが

書いた内容は見た人全員の記憶から削除する事はできない。

デジタルタトゥーとも言うよね。

それが令和、いちまつのロックな表現である。

そんな訳で今回は自分のパンク観から展開して

自分の生き方を書かせてもらった。

この価値観を踏まえてまた自分の投稿を見ると

また違う見え方がしてくると思うから

これからも注目してみて

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